月の上の観覧車 ( 荻原 浩 )

Posted on 2020-01-13 in zakki

この方の作品だと「噂」を読んで以降それっきりだったような。「噂」は本の帯でラストラストと五月蠅い位に騒ぐので若干身構えてしまっていたのですが、それでも最後まで読み終えた時は「… マジかー」と唸った記憶があります。今にして思えばラストの会話から何となく察することが出来る気もしますが、内容を知っているからこその感想のような気もします。何の話だっけ。

作品について

短編集です。

自身を振り返ったり追想したり、と物語として全体的にどことなく哀愁やくすんだ色を帯びている感が強くて、またそれが好きなところでもあります。一介のサラリーマンが巨悪と戦う訳でもなく、殺人事件で見事な推理を発揮するわけでもない、色々な意味で落ち着いている雰囲気がおそらく個人的に好物なのでしょう。ただ、くすんでいる、という表現はいかがなものかと思い本書の後書きを見てみたならば「人生の回れ右をする」とあり、ああなるほどそういう言い方か、と合点がいきました。だがしかし、人生回れ右してみたところで果たして良い光景は見えるものなのでしょうか。ここでいう「良い」ということ=自分自身の感情が強く動いて ( 記憶にも刻まれて ) いるエントリポイントが多いことだと思うのですが、自分自身のエントリポイントはこれまでに一体何個作ってきたのだろうなあ、と考えてしまってこれが非常になんというかですね。つらい。

感想

  • 胡瓜の馬

関東に居を構える主人公が田舎に帰郷するのですが、そこには昔行動を共にして夢を語りあって友達以上恋人未満だった幼馴染の女性がいて …、その女性との思い出を軸に語られる物語です。文字にするとまあどこかで見たような設定だなあと思うのですが、何故か結構気に入ってしまっていました。自分自身が創作物における幼馴染という存在にひたすら弱いことは知ってはいたのですが、これはゲームや漫画だけではなくフィクションな創作物であれば何でもイケてしまうようです。見境がないなあと自分のことながら呆れます。

子供のころに一緒に木を登って海 ( 実際にはダム ) を見るだとか、部屋でお互いが好きな音楽を聞かせ合うだとか、将来のことを語り合うだとか、こういう状況を読んでしまうと、ふっと遠い目になり「ああ … 遠いなあ …」と良く分からない感情にひたすら身を委ねてしまいますね。ますね、と言われても困る。

途中、思い出とは全く別の箇所で「鬱は心の風邪」というセリフがあり、いやいや今の時代それはさすがに … と思った点が少しアレな点でした。たぶんこれは田舎における情報流通速度の違い ( 町内の人間のふるまいが総理大臣の行動よりも喧伝される、とは主人公の談 ) を表現した点なのかなあ、と思っているのですが実際その通りなのかは良く分かっておりません。

家庭も持っている主人公が女性に対し若干の未練があるのも好きですし、思い出という光に包まれた終わり方も好きですね。件の女性とは何も無いことがよいのですよ。そういうのは他所に任せておけばいいのです。いいのですよ。

  • 上海租界の魔術師

「租界」という言葉に馴染みが無かったので調べてみると「上海租界」で一つの言葉なんですね。

もう亡くなった祖父と、祖父が生業していた魔術師を孫の女の子が受けるお話。「胡瓜の馬」がノスタルジーフルスロットルだったことに対し、こちらはノスタルジー+これからの未来、が上手く合わさっていたなあと感じられてそんな構成が好きでした。

「座興だ。演出だよ。な、かなめ」父が周囲に言い訳するように声をあげている。 ただ一人、わたしを叱ったのは、母だった。 「何してるの、かなめ。悪ふざけはもうやめなさい」 ごめん。もうやめるよ。ほんとうに、いろいろ、ごめんね、お母さん。もう一回だけ。

子供の頃に祖父から魔術を伝授された孫のかなめさんが、亡くなってしまった祖父のお通夜 ( 後の宴会で ) 突発で魔術を披露するシーン。晩年、耄碌した祖父は魔術も出来なくなってしまい家族から邪魔者扱いされていて、かなめさんもまた不登校で腫れ物扱いになってしまっていました。魔術師を送り出すのだからもっと豪華に送りたい、というかなめさんの意思の裏には「祖父の凄さを皆に知ってもらいたい」があるだろうし、それと同じくらい「母親に自分を知ってほしい」という意図もあったのだろうと感じられ、それが「いろいろごめんねお母さん」に表現されていると考えると中々に好きなシーンです。

他の短編も一点を除き中々面白く読めました。一点というのは「レシピ」という短編で、簡単に言うと「もうすぐ離婚を考えている主婦が、自身がノートに綴ってきたレシピを見ながら、当時付き合っていた男達への感想を述べる」です。「これを読んで俺は何を思えばいいんだ …」と終始考えていました。ただ、口調や考え方が ( おそらく女性のそれとしては ) 凄くリアルでいやはやプロはすごいなあ … とも同時に思いました。

今回は物理の本を買ったのだけれども、ページを捲る感触を心地よく味わいつつも、当然のことながら Kindle の機能が使えないことが辛かった。特にメモ機能。一覧で見れるのマジ便利。

感想